#55
今回は、“生きている喜び”に触れて
書いてみたいと思います。
なおご紹介くださる場合は、このページのリンクを
お知らせいただけましたらと存じます。
(著作権法により保護されており、本文のコピーはできません)
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誰もが、<存在>しているだけで
真に与えています。
“生きている実感”というのは、
このことを受け入れているときにのみ
抱けるものだと言えるでしょう。
A Course in Miracles
(『奇跡のコース』/『奇跡講座』)を
学ぶことによって受け取れる贈り物は、
この“生きている実感”だと思います。
みなさんには、“生きている実感”が
あるでしょうか。
そもそも、“生きている”でしょうか。
この「初めてさん向けコーナー」で
久しぶりに綴る文章のテーマが
まさかこれになるとは・・・!と、
わたし自身ちょっと驚いて
(というよりおもしろく感じて)いるのですが。
でも、とても大事なことです^^
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わたしには、“生きている実感”があるだろうか。
もしあるとしたら、むろん、喜びに満ち溢れているに違いない。
“生きている実感”が、もの悲しいものであるなら、
そもそも、それは・・“生きている”とは
言い難いのでは??
苦しみが、不満や懸念があることが
“生きている実感”だなんて、
そんなの、“生きている”とは言えないのでは?
生きているように思えて、
実は、「死んでいる」のでは・・?
生きているように思えていても、
地獄にいるに過ぎないのでは・・?
地獄にいることが “生きている”ことだなんて
いったい、<誰が>望んだことだろう。
神が、そのような命を与えるだろうか。
神は、“生きている”だろうか。
神の生命(いのち)とは——?
神の子は、“生きている”だろうか。
わたしは、神の子だろうか。
それとも、別の何かだろうか。
わたしは、“生きている”だろうか。
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あなたは、真に“生きる”存在です。
あなたは、存在しているだけで
“すべて”を与えています。
誰もが、真に“生きる”存在です。
誰もが、存在しているだけで
“すべて”を与えています。
本当のわたしたちは、肉体ではありません。
自分を肉体だと信じているあいだは、
”生きている実感”をもつことができません。
”生きている実感”は、喜びそのものです。
この真の喜びは、どこまでも拡がります。
コースを学ぶこと(=実践すること)によって
受け取れる贈り物は、この“実感”です。
肉体とは自我の偶像であり、罪への信念が肉となり、外に投影されたものである。・・(中略)・・ここに神の子はわずかの間とどまり、死の偶像たちに帰依し、それから去っていく。そしてここでは、彼は生きているというよりも、むしろ死んでいる。
T-21.VI.11/『奇跡講座 上巻』中央アート出版社
emphasis mine
自分が何であるかについての確信の欠如は、あまりにも大規模な自己欺瞞であるため、その巨大さは想像を絶するほどである。生きていながら自分自身を知らないという状態は、自分は本当は死んでいると信じていることである。
W-pI.139.3.1,2/『奇跡講座 上巻』中央アート出版社
emphasis mine
*
死んだままでいたいでしょうか。
「自分=この身体、この個人」だと
信じているうちは、死んでいるのです。
脳が機能し、心臓が動いていることを
「生きている」ことだと定義して、
それで・・??
それで・・
心から幸せだと言えるのでしょうか。
喜びに満ち溢れていられるでしょうか。
「ああ、生きている・・♡」と、
幸せと感謝に満ちた吐息がもれ出てくるでしょうか。
あり得ませんよね。
コースの学びは、<よみがえりの道>だと
言えると思います。
死んだままではいたくありませんよね。
何が<いのち>なのかを誤解したまま。
何が<幸せ>なのかを勘違いしたまま。
そうではなく、本当の<わたし>は
ただここに存在しているだけで与えていて、
その形容し難いほどの喜びを、
“生きている実感”を
生涯、抱き続けていられるのだという、
その<生きた学び>を
学びたいものです。
この世界の「死んでいる学び」を
このあと何年続けても、
生き返ることはありません。
けれども、<生きた学び>を
人生のすべてに適用するなら、
わたしたちは、生き返るのです。
これは、よみがえりの道です。
本当の意味で、幸せでいられる、
真に“スピリチュアル”な道です。
出会うすべての人々を、兄弟を
よみがえらせてください。
存在しているだけで
すべてを与えている聖なる神の子、
キリストなのだという真実を
内なるガイドを通して
真に“見る”ことによって。
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ホーリースピリット、このかたが
存在しているだけですべてを与える、
聖なる神の子なのだということを
どうぞわたしにお見せください。
このかたの<よみがえり>が、
わたしの<よみがえり>です。
Jesusの<よみがえり>を、
わたしの<よみがえり>として
いま、真に受け取らせてください。
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人生の、世界の、どんなこととも闘わず、
慈しみのまなざしで見られる世界は
“生きる喜び”に満ち溢れています。
コースを学ぶことを選んだということは、
すべての問題が消え去る道を選んだということです。
死んだままでいることをやめて
真に生きること、よみがえることを
心に決めたということです。
毎日、愛と奇跡の贈り物を受け取れます。
喜びと感謝に満ちて、
愛の光のなかで安らいでいられます。
“出会うすべての人々を、兄弟を
よみがえらせてください”
Jesusの、愛に満ちたメッセージとして
わたし自身、これを真摯に深く・・
受け入れたいと感じています。
Blessings,
愛
2024.08.18配信
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