まだ早朝や夜間は冷えますが、日中は春が近づいていることが感じられるようになってきました。先日は薄手のコートで出かけたのですが、ちょうどよかったです。
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

今年になって練習するようになったこと、特に先月かなり意識してやってみたことは、2月のおたよりで書いた、「なにひとつ、自分でしない」ということです。

早朝5時頃に、薄着で冷たい空気を吸いながらウォーキングするときも、日中、暖かな日差しの中をのんびり歩くときも、何をしているとしても、内なるガイド(ホーリースピリット)と共に在ることを忘れずにいることで受け取れるのは、「本当はすでに完全にゆるされている(わたしたちの自己否定的な暗いじめっとした思い、信念はすっかり取り消されている)」ということでした。それは言い換えるなら、「つねに愛されている」、「つねに護られている」という感覚です。

 

誰かと一緒に(わたしの場合は、個人セッション、個人レッスン、グループクラスなどが多いのですが)何かをするときだけでなく、一人で何かをするときも、自分でするのではなく、内なるガイドにお任せすることにコミットし続けたことで、関わりのある人たちから、次々と奇跡体験のご報告をいただくようになりました。

これまでももちろんありましたが、一人で何かをするときも、ホーリースピリットと共にすることを練習したからか、今までよりかなり増えたのです。しかも、セッションや講座の翌日に体験されたという方が結構いらっしゃって、時間が短縮される、その速度と言うのでしょうか、それが随分速くなったように感じます。

 

セッションや講座中、すべて内なる真の教師にゆだねるということは、もう何年も続けていることですが、個人的な時間においても忘れないようにしてみた(ずっと平安の中にいるように祈りの思いで心がけた)ことによって、周りの人々が奇跡を次々経験されるようになった(それも長い時間をかけずに)というのは、とても嬉しいことでした。

お金の問題も、人間関係の問題も、ひっくり返っていくのです。
給与が減らされることになったのに、クラスでの祈りを通して、翌日、減るどころか増えることになったと教えてくださった方がいらっしゃったり、半年以上、職場の同僚たちが口を利いてくれなかったのに、講座の翌日、声をかけてくれたり、仕事を手伝ってくれたとご報告してくださった方がいらっしゃいました。ホーリースピリットの存在を信じられなかったにもかかわらず——。

 

祈ることや、ホーリースピリットに助けを求めることは、マジックではありません。目的を間違わないように気をつけたいものです(このことは、YouTubeやメルマガで繰り返しお伝えしています)。

物事を思い通りにしようとして祈るのではなく(それは「祈り」をマジックだと誤解しているやり方です)、自分の内側をガイドと共に観て、暗いじめっとした思いを抱いていたことによって外側に問題を見ていたのだと気づき、自己否定の思い、自己憎悪の思いを手放すと決めて、ホーリースピリットに助けを求めるなら、暗い思いは消えて——実は、そのようなものは実在していなかったのだと思い出せて——自分の内側には清らかさしかないという事実を受け入れられます。

一瞬でいいのです。ほんの一瞬、清らかさを思い出せて、その清らかさのまま自分が問題視していたことを見るなら、その一瞬において、問題はどこにもないと知れます。静けさ、平安が広がっているばかりです。そうすると、この奇跡の反映(副次的なもの)を、日常において実際に目撃する(体験する)ことになるわけです。

 

問題に思えることがあっても、ホーリースピリットに助けてもらうなら(自分のものの見方の訂正を受け入れるなら)、何問題であっても、結果的に「それでも愛されている」と実感できるようになります。

その人が奇跡を受け取れるのは、その人がゆるし(自分のものの見方の訂正)を求めたからであり、心の決断を変えたからです。わたしはそういう意味では、何もしていません。わたしのセッションやわたしの講座に特別なパワーなどありません(笑)。自分には人を変える力があると考えるのは自我(エゴ)であり、それは傲慢な考え方(自分は神に勝るという考え)だと思います。自我(エゴ)はいつも、「自分には力がある!」と主張していたいのです。無いからこそ、主張せずにはいられないのです。

真の力は、主張しません。愛という本当の力、清らかさという真の力は、決して主張しません変えようとしませんただ在るのみです。愛が愛そのもので在るからこそ、自分は愛なんかじゃない!と抵抗するわたしたちが、自らその間違った心の決断(ありのままの自分ではない存在になろうとした決断)を変えたいと思えるようになるのです。

愛は主張しない。愛は変えようとしない。愛はただ愛そのもので在るのみ——。
誰かといるときも、一人でいるときも、いつでもホーリースピリットと共に在るという練習は、わたしたちの真の自己が愛そのものであるということを思い出す道であり、わたしたちは分離しておらず、ひとつ、繋がっているからこそ、わたしがこの練習をすることは、わたしの心の一部であり友であるみなさんの選び直しの助けにもなる——心の手を取り合って、一緒に愛というふるさとに帰ってゆくことになる——と感じます。

 

みなさんが具体的な問題を通して、具体的な愛の体験を受け取っていかれるように(一緒に同じ心の選択——自我ではなくホーリースピリットを選ぶという選択、恐れではなく愛を選ぶという選択——ができるように)、わたしは今月もまた、すべてを自分でやらずに、内なる真の教師、ホーリースピリットと共にすること、ガイダンスに従うことを練習していこうと思います。

わたしの心に一点の曇りもないように自分のものの見方の訂正を、ゆるしを、喜んで受け入れます。「ほら、ここが汚れているじゃないか」と指摘したがる自我(エゴ)の声を聞いてしまったなら(それは誰かからの攻撃に思えるようなこと、あるいは自己嫌悪に陥ったり自分を責めたりするという形をとるものですが)、その場でホーリースピリットの愛の訂正を受け取りたい(わたしたちの真の清らかさを思い出したい)と思います。

つまるところ、わたしたちが集中することは、自分の心の決断を変えることなのですよね。それが全員にとっての幸せに繋がるのでした。
みなさんがホーリースピリットの愛の訂正を受け入れて奇跡を受け取られることは、わたしにとって真の喜びであり幸せです。

わたしたちが自己攻撃をやめて、内なる清らかさを認め、愛そのものであるという真実に背を向けずに受け入れることは、わたしたちの幸せそのものです。

ともに心の手を取り合って歩んでいきましょう。
心はいつも一緒です。ありがとうございます。

Blessings,

 

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3/3は「祈りの繋がり」の日です★
今回は人間関係についての祈り
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