#031
今回は、奇跡を受け取るための
大事なポイントについて書いてみます◎
なおご紹介くださる場合は、
このページのリンクをお知らせいただけましたらと存じます。
(著作権法により保護されており、本文のコピーはできません)
*
以前の記事で、コースの言う奇跡は
ラッキー体験のことではなく、
訂正のことなのだと述べました。
訂正という奇跡 > ラッキー体験
なので(比べものになりません)、
必然的に、個人的欲求、個人的利益、
個人的ゴールというものに
惹かれることがなくなっていきます。
それよりももっと素晴らしいもの、
美しく、幸せなものがあるということを
奇跡を通して実感していけるからです。
何があっても、どんなことでも
関わり合いのなかで 必ず奇跡を受け取れる、
愛を感じられるのだと確信できるようになるので、
個人的ラッキー体験よりも
分かち合いの奇跡を望むようになります。
*
コースに基づいて祈りたいときに、
どう祈ったらいいんだろう?と
思われたことがあるかもしれません。
「こういうとき、どう祈ったらいいんでしょうか?」
というのは、よくいただくご質問の1つですが、
(お気持ちわかります、わたしも初期の頃思っていました)
〇〇の場合は、こういうふうに祈って、
△△の場合は、こんな感じで祈るんですよ・・
というようなものはありません。
(コースの、どこにも書かれていません)
祈りは、言葉でするものではなくて、
心においてなされるものだからです。
言葉は道標に過ぎません。
けれども最初の頃は
お決まりの言葉がほしくって、
たとえばよく聞く、
「〇〇を奇跡の道具に使ってください」
という祈りをするかもしれませんね。
ただし、ここには
注意が要るかもしれません。
どんなことも奇跡にひっくり返ります。
それは確実です。
奇跡に難しさの序列はない。一つの奇跡がもう一つの奇跡よりも「難しい」とか「大きい」ということはない。すべての奇跡は同じである。
(T-1.I.1:1-3/『奇跡講座 上巻』/中央アート出版社)
テキストでそう述べられているわけですから、
間違いなく、奇跡を受け取れます。
それ(問題)がどんなことであろうとも。
実際、わたしの経験から言っても、
これは確かなことです。
それでも・・・
祈っても奇跡なんて起こらないじゃないのと
不満に思うことがあるとしたら、
「奇跡の道具にしてください」と
お願いしているときの「奇跡」を、
いったい何のことだと思って口にしているのか、
そのことに
注意を向けてみる必要があるでしょう。
「このことを、奇跡の道具にしてください」は、
「このことを、わたしの思う通りにしてください」
という意味ではありません。
わたしにとってラッキーなことになるように、
わたしにとってハッピーなことに変わるように、
などという意味ではないのです。
奇跡を受け取れる心というのは、
個人的な利益、個人的なゴールを脇に置いて、
全員にとっての最善を思える心です。
思い出してください、
レッスン24 私は自分の最善の利益を知覚していない。
レッスン25 私は何が何のためにあるのかを知らない。
(W-pI.24,25/『奇跡講座 下巻』/中央アート出版社)
そもそも、何が自分にとって
最善の利益となるのか
わたしたちは全くわかっていないのです。
ここにいる目的をわかっていませんし、
何が何のためにあるのか、
理解してなどいないのです。
言ってみれば、これが、
真の学びのスタート地点です。
わたしは、なあんにも、
わかっちゃあ、いない。・・・♡
*
ア・コース・イン・ミラクルズは、
人生を自分の思い通りにするための
教えではないし、
人や物事をコントロールして
成功者然とするためのものではありません。
こういうマインドは、
言わばサバイバル界において
自分が勝ちさえすればいいという考えであり、
自分が勝ちさえすればいいというのは、
誰かが負けてもかまわないという考えと
むろんセットになっています。
抽選に当たりたい。
受験に合格したい。
営業成績トップになりたい。
自分のところに顧客が増えてほしい。
夕刻の、3割引の食材ゲットしたい。
彼には自分のことだけ見ていてほしい。
などなど…
自分のことしか、考えていませんネ。
え、18時の、3割引のお肉を
狙ってはいけないの??
たかがそのくらいのこともダメなの??
・・なんて、思われた方が
いらっしゃるかもしれませんが、笑♡
いいとか悪いとか、
そういうことを言っているのではなくて、
日常のそういう一コマであっても、
そこに反映されているのは
自分さえ良ければいいという考え、
誰かが負けてもかまわないという考え、
つまりは自我の「二つに一つ」の考えなのです。
(全員にとっての最善など、ちっとも思っていません)
コース(ACIM)は、この自我の思考体系を
ひっくり返してくれます。
勝ち負けや損得、優劣に上下、
くだらない比較と競争と差別の数々・・・。
どっちが正しい?
どっちが悪い?
どっちが勝ってる?
どっちが劣ってる?
どっちが、どっちが、どっちが・・・。
分離を信じているので、
こういうくだらないことばかり
考えてしまうのですよね、
自分を肉体だと信じているなら、
この世界をリアルと信じているなら、
誰だってこうなのです。(>_<)
どっちが〇〇?
二つに一つ。
個人的欲求、個人的利益、
個人的ゴールばかり大事にする理由。
サバイバル界で勝つため。
自己重要感を持ちたいがため。
・・なんて、ナンセンス! 笑
*
人生で、何があっても、どんなことでも
誰との状況においても、何を選択しようとも、
必ずわたしたちは奇跡を経験できるし、
愛の贈り物を受け取れます。
必ず、です。
どう転んでも奇跡、どう転んでも愛です。
でも、それを経験できるようになるには、
自分(と家族)さえ良ければそれでいい、
自分が勝ちたい=誰かが負けてもいい、
自分は得したい=誰かが損してもいい、
わたしがこうなることがわたしの幸せ、
この問題がこうなることが解決なのよ、
何が自分の最善かわかってるわよ、
どうなれば解決か知っているわよ、
といった考えを大事にすることを
たった今、やめることです。
*
ホーリースピリット、
自分のことを個人だと信じてきたわたしは、
個人的利益や個人的ゴールを重んじてきました。
けれどもそのようであることで
心から幸せになれることはないと認めます。
わたしには何が全員にとっての最善なのか、
まったくわかりません。
ですから自分で判断することはできません。
ホーリースピリット、わたしは、
わたしたちがひとつの心であるということを
すっかり忘れてしまっていました。
このひとつながりの心が平和であること、
愛を思い出してくつろぐことこそ、
わたしたちが真に望んでいることでした。
分離があり得ないのであれば、
わたしが望むことは、
ひとつながりの心が救われることのみです。
これが、わたしたちの利益であり、
わたしたちは癒しを必要としています。
ホーリースピリット、
あなたがこの意味において、
わたしの個人的なこの問題を奇跡の道具として
使ってくださることに感謝します。
わたしたちの必然の巡り合わせのなかで、
わたしが心の友と思いを一にして
あなたからの愛の贈り物を受け取れますよう、
どうぞわたしを導いてください。
導きに従います。
ありがとうございます。
*
共に祈りを。
共に幸せを。
Blessings,
愛
2022/2/19配信
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お気軽に繋がってください♡
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