望むなら、人生が180度ひっくり返るような素晴らしい変容を、得も言われぬ幸せを経験できると言われたら、どんなふうに感じるでしょうか。
「もしそうなら、是非とも!」と思うのか、「なんだか胡散臭いな」と感じるのか、「もうこの年齢だから、それはあり得ない」と思うのか。あるいは、「みんなはできても自分は無理だろう」と考えてしまうのか。「それってどんな変容なの?」と訝しむのか。
ア・コース・イン・ミラクルズ(『奇跡のコース』/『奇跡講座』)の目的は、思考の逆転(thought reversal)です。
「180度のひっくり返し」を経験する学び。
わたしたちが信じてきたことは、<真理>と正反対のことばかりでした。
興味深いことに、「苦痛と喜び」、「自由と幽閉」においても、わたしたちは混同してきたのです(テキストに書かれいます)。何が苦痛で、何が喜びなのかさえ、理解していなかったし、何が自由なのか、勘違いしてきたのです。
「幸せ」についても、「愛」についても、わたしたちは理解していないのだと、コースで告げられています。
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思考の逆転コースは、奇跡の道です。
この世界で「当然」、「常識」とされているものが、「真実」だと信じてきたあらゆることが、ひっくり返る(訂正される)だなんて、そんなの、奇跡が起こらないと無理でしょう、と思うのは尤もなことで——だから、A Course in Miraclesなわけで——、「あり得ない!」と思ってしまうのは無理もないこと、と言えるのですが、それでも、この道は<結果は確実>と、保証された道なのです。
結果は、確実です。決まっています。約束されています。
あとは、わたしたちの心次第です。決断によるのです。
コースのワークブックの中に、次のレッスンがあります。
レッスン292
すべてのことに、幸せな結果が確実である。1.神の約束に例外はない。2そして神は、すべてのものごとの結末は喜びだけだと保証する。3しかし、いつそこに至れるかは、私たち次第である。それは、私たちがいつまで、異質の意志が神の意志に対抗するかに見えるままにしておくのか、ということである。4その意志が実在すると思っているかぎり、知覚されるすべての問題、目にするあらゆる試練、直面する一切の状況の結末として神が定めた結果を、私たちが見出すことはないだろう。5しかし、その結果は確実である。6神の意志は、天に行われるごとく地にも行われるからである。7私たちは探し、神の意志の通りに、見つけるだろう。神の意志は、私たちの意志が行われることを保証している。
2.父よ、幸福な結末だけを保証してくださったことに感謝します。2私たちがそれを妨害しないよう助けてください。そして私たちが、知覚できるかぎりの問題や、まだ遭遇せざるをえないと思っている試練のすべてに、あなたの約束通りの幸福な結末がくるのを遅らせずにすみますように。
『奇跡講座 下巻』/中央アート出版社
すべてのことに、幸せな結果が確実だと確信しているでしょうか。
それとも、疑念があるでしょうか。
「試練」は神が与えたものではなく、神という“完全なる愛”がわたしたちに与えてくださったのは、<保証>です。<約束>してくださったのです。
「試練」のように見えるものを用意したのは、自我(ego)なのでした。自分を憎悪する思いが、世界というスクリーンに投影されたものを見ていたのです。“神に残酷さはない”(L170)のです。永遠にわたしたちは愛されています。幸せな結果が保証されています。
むろん、この<幸せな結果>というのは、個人としての自分が期待した通りになるという意味ではありません。何があろうと必ず、もし、本当に求めるなら、望むなら、形態のレベルを超えた愛の贈り物を、<答え>を受け取れます。天国の愛が反映されたヴィジョンを受け取れるのです(“ヴィジョンは神からの贈り物”です)。
思考の逆転が起こったなら、これは疑いようのないことで、奇跡というのは、わたしたちが「当然」受け取るものだと確信できます。
けれども、思考の逆転を拒否していたら——誰の中にもいる、内なるガイド、聖霊(Holy Spirit)に、<訂正>してもらうことを望まず、自分のものの見方は正しい!と言い張るなら——、苦しみや不安や焦り、苛立ちといったものが消えることはありません。決断を変えるまで、そちらの「結果」が続いてしまいます。
「あなたは何を欲するのか」という問いに答えなければならないのである。3あなたは毎分毎秒それに答えており、一瞬一瞬の決断が、必ず何らかの結果をもたらすことになる一つの判断である。4その結果は、その決断が変わるまで自動的に続いていく。5だが、二者択一の選択肢そのものは変更不可能であることを覚えておきなさい。 6聖霊は、自我の場合と同じように、一つの決断である。7この二つが、心が受け入れて従うことができる選択肢のすべてである。8聖霊と自我だけが、あなたに開かれている選択肢である。
T-5.V.6:2-7/『奇跡講座 上巻』/中央アート出版社
emphasis mine
「こうに違いない!」と思えることであっても、「本当にそうだろうか?」と、学ぶ姿勢を養いたいものです。
「誰がどう見たって、こうでしょ!わたしが正しいのよ!絶対よ!」と思えても。
はじめは、学び方を学ぶところから、なのだと思います。
ア・コース・イン・ミラクルズは「学問」ではありません。「インプットする」ものではありません。
もう、十二分に、わたしたちは自我のカリキュラムを受講して、自我の思考体系を「インプット」してきました。イエスは、“過剰に学ばれ、定着してしまった”と言っています。
ア・コース・イン・ミラクルズの<学び>は、ですから、unlearningの経験そのものです。アンラーニングという単語がコースの中で使われていて、『奇跡講座』では、“白紙に戻す”と訳されています。
学ばれてしまったことを白紙に戻すことが、真の学びなのだと書かれています。
「インプットしてアウトプットする」世界からの脱却です。
なんと、楽になれることでしょう!!
何も入れ込まなくていい、詰め込まなくていいし、成果を出して認めてもらおうとする必要もありません。張り切らなくていいのです。
これまで詰め込んで溜め込んできたものを、鮮やかに、次々と取り消してもらう道です。
取り消してもらう、訂正してもらうというのは、<入れ替えてもらう>という意味です。
「存在していたものを、消滅させておしまい(全て「無」でした、ちゃんちゃん!)」ではなくて、「最初からそこに存在していなかったということ(夢だったということ)を、実はそこに何がずっと存在していたのかを<体験する>ことで認識する」。
これが、アンラーニングという、愛に満ちた<学び>です。アンラーニングは、愛を思い出す体験そのもののことです。
頭脳で、「はい、これも幻想」などと、分かったフリをして考えることなどではありません。それはコースの教える<赦し>とは全く異なったものです。
もし、それが真の赦しなのであれば——ホーリースピリットという愛の存在による取り消しなのであれば——、相手と自分の両方に癒しが訪れます。そうでないなら、“本当のものではない”と、テキストに書かれています。
赦しは、それがあなたの兄弟とあなた自身に癒しをもたらさない限り、本当のものではない。
T-27.II.4:1
ニセの赦しでは、相手にも自分にも癒しがもたらされません。頭脳で「罪悪感の投影」だのなんだのと、理論をこねくり回しても、癒し、ヒーリングは起きません。自分のパターンが、痛みが、恐れが、その後も続いてしまいます。
一瞬一瞬の決断が、必ず何らかの結果をもたらすことになる一つの判断である。その結果は、その決断が変わるまで自動的に続いていく
のでした。
真の学びは、愛の体験。つまり、両者が<共に>癒される体験のこと。
かつての痛みのドラマ——自分自身を憎悪する思い、恥じる思いが映し出された世界、その繰り広げられてしまった物語の奥で、密かに(あるいはあからさまに)自分がずっと正当化してきた主張が<訂正>されたなら、奇跡が起こらない、癒されない、ということはあり得ません。
学びたいか、学びたくないか。
これは、「愛を素直に受け入れたいか、愛を拒絶していたいか」と、全く同じ意味です。「癒されたいか、癒されないまま病んでいたいか」、とも言えます。
学びたい。
ア・コース・イン・ミラクルズを生きたい。
それならば——
二十二章Ⅱ7.今、あなたの兄弟を見捨ててはならない。2なぜなら、兄弟と同一の存在であるあなたは、ひとりで決断することも、異なった決断をすることもないからである。3あなた方はお互いに生命を与え合うか、死を与え合うかのどちらかであり、また、互いに聖域を差し出す救済者であるか、有罪を宣告する審判者であるかのどちらかである。4このコースは全面的に信じられるか、まったく信じられないかのいずれかである。5なぜなら、それは全面的に真実であるか、さもなければ全面的に誤っているのであり、部分的に信じるということはできないからである。6そしてあなたは、不幸から完全に脱出するか、まったく脱出しないかのどちらかでしかない。7理性があなたに教えるのは、天国の喜びと地獄の不幸との間の選択を後回しにしながら、不確かなまま立ち止まっていられる中間の場所などない、ということである。8天国を選ぶまでは、あなたは確かに地獄と不幸の中に居る。
emphasis mine
このコースを、部分的に信じるということはできません。
「コースを学ぶ」というのは、コースを全面的に信じることが、たとえ今はできなくても、それでも信じてみたい、心を開いてみたい、信頼していきたい、と、意欲を持って内なるガイドを頼り、この道は、<不幸から完全に脱出する道>であり、<兄弟を、誰のことも見捨てず、兄弟と共に癒され救われる道>だということに素直になるなら、必ず、幸せな愛の体験を、奇跡を、何度も、たくさん!受け取っていくことができます。
結果は、確実です。
もう約束されています。保証されているのです。
もし今のところ疑念があっても、それでも構いません(わたし自身、学び始めの頃は疑念がありました)。
誰もが、<全面的に信じる>、その時がやってきますし、一度そうなったら、それは<180度のひっくり返し>を経験したということですから、見える世界は麗しく、毎日、喜びと感謝でいっぱいになっています。
「あなたは何を欲するのか」という問いに答えなければならないのである。3あなたは毎分毎秒それに答えており、一瞬一瞬の決断が、必ず何らかの結果をもたらすことになる一つの判断である。4その結果は、その決断が変わるまで自動的に続いていく。5だが、二者択一の選択肢そのものは変更不可能であることを覚えておきなさい。 6聖霊は、自我の場合と同じように、一つの決断である。7この二つが、心が受け入れて従うことができる選択肢のすべてである。8聖霊と自我だけが、あなたに開かれている選択肢である。
あなたは、何を欲しますか?
みなさんとこの秋冬のイベントや、各クラスで、美しいアンラーニングを経験できますことを、心から楽しみにしています♡
12/6の京都の1dayリトリートでは、生涯にわたって有効な贈り物を受け取ること、すべての問題を解決する、”聖なるコミュニケーション”を、みなさんと体験できればと思っています♪
懇親会のお席はわずかとなっております。ご希望の方はお早めにお申し込みください。
フェスやネダのイベントでお会いできます方々との分かち合いも、心から楽しみにしています♡
Blessings,
愛
2025.11.12配信
(繋がってくださっている方に毎月お送りしています)
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今月のご案内
11/23,24
▶︎Neda Boin来日イベント
今年さらにパワーアップしての開催です♪
12/6
▶︎京都1dayリトリート
<急速な進歩>を望む方はぜひご参加を♡
懇親会(残席わずか)もあります♪
12/21 20:00-
マリア・フェリーぺ★オンラインイベント
2026年、奇跡を受け取るための
楽しいワークショップです☆彡
詳細は決まり次第、お知らせいたします♪
お日にち、お取り置きください♡
6月に開催されたマリアのWS録画ビデオを
期間限定で視聴していただけます★
▶︎販売の詳細ページ
いずれも先着順にて定員となり次第、
締め切らせていただきます。
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