目を奪われ、あっという間に引き込まれて、ずっと見ていました。Tシャツの前と後ろに書いてあるメッセージ。首から肩甲骨あたりまでの、緩いカーブ。坊主の頭と、刺青だらけのからだ。彼の歩き方と、リズムよく揺れる、からだの動かし方。
実際に見えているものと、聞こえているもの以外に、かなり多くの(大きな?)ものが、そこにあるように感じられました。「彼は、こういう人だったっけ?」と、ふと思ったけれど、わたしは彼のことを何も知りません。
でも、何かがそこに——たくさんのものがそこにあるような気がして(モノクロになっていることが、それを余計に際立たせているように思えました)、彼を知りたいというよりも、それが何かを知りたくて、目が離せませんでした。「なんだろう、これは」。
見終わって浮かんできたのは、<生命力>でした。何があっても、どんな目に遭ってきたとしても、世界が奪うことのできない<生命力>です。わたしは彼の<生命力>に惹きつけられていました。歌詞を調べて(単に日本語訳を確認したのではなく、意味合いや背景も調べて)知り得たことをはるかに超えたものを感じます。何度、再生したかわかりません。SPEED DEMONを歌う、彼のTシャツに印字された、”HOLY.”と、”PRAY FOR ME”にも、惹きつけられながら。
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わたしたちのほんとうの<生命力>は計り知れないもので、もしこの力だけで<生きる>なら(これのみで生きているのだということを悟ったなら)、“恐れるべきものは何もない”(L48) ということが真実だと本当に<理解>するのでしょう。
何かを恐れているとしたら、この<生命力>を拒絶しているのです。生きていることを、否定しています。
2.この世界には、生命(いのち)とは反対の状態があるように見える。2あなたはそれを死と呼んでいる。3しかし、死という想念はさまざまな形をとるということをすでに学んだ。4その想念は、至高の幸福ではないすべての感情の根底に横たわる単一の想念である。5それが警報となって、あなたは完璧な喜び以外のあらゆる種類の反応を示すことになる。6あらゆる悲しみ、損失、不安、苦しみや痛み、疲れたときの小さなため息、かすかな不快感やしかめ面さえも、みな死を認めている。7そうして、あなたは自分が生きていることを否定する。
W-pI.167.2/『奇跡講座 下巻』
中央アート出版社
肉体とは自我の偶像であり、罪への信念が肉となり、外に投影されたものである。2このことが、心の周りを取り囲む肉の壁のごとく見えるものを生み出し、心を、空間と時間を占める微小な一点の中に囚人として幽閉する。死に恩義を受けているこの囚人には、嘆息をもらし、悲嘆にくれ、その主人を讃えて死んでいくために一瞬が与えられるだけである。3そしてこの神聖ならざる瞬間が、生命(いのち)のごとく見えている。この絶望の一瞬。忘却の面にぼんやりと浮かぶ、水もなく乾ききった砂の小島が、である。4ここに神の子はわずかの間とどまり、死の偶像たちに帰依し、それから去っていく。5そしてここでは、彼は生きているというよりも、むしろ死んでいる。6それでも、彼が偶像崇拝と愛の間で再び選択するのも、ここにおいてである。7ここで彼には、肉体を賞賛しながらこの瞬間を過ごすか、それとも、肉体からの自由を自分自身に与えることにするかを選ぶ機会が与えられている。8ここにおいて彼は、以前に選択した神聖ならざる瞬間と入れ替えるべく彼に差し出される聖なる瞬間を、受け入れることができる。9そして、ここにおいて彼は、関係とは自分の破滅ではなく救済であると、学ぶことができる。
T-20.V.11/『奇跡講座 上巻』
中央アート出版社
完璧な喜び(神の喜び、永遠の喜び)以外のものを感じているとしたら、<生きている>ことを否定しています。
自分を肉体だと信じているとしたら(肉体に実在性を与えようとし、肉体を賞賛してしまうなら)、生きているというよりも、むしろ死んでいるのです。
神から与えられた、ほんとうのいのちを否定し、拒絶し、その<生命力>とは異なる力を得ようとしている——神の意志とは異なる意志をリアルなものにしようと闘っている——という、この思いそのものが、「死」です。
ほんとうの信仰心(いわゆる宗教とは無関係の、全き信、faith)を抱くなら、すでに与えられている<生命力>が思い出され、この聖なる力の放射を邪魔しなくなったからこそ、伸びやかにどこまでも、聖なる力の輝きが延長され、ひろがり、<すべてが蘇る>のを見ることになります。
4月のイースターリトリートにご参加の方々(それぞれ個人セッションを受けてくださっている方々)と先日お話していたのですが、ちょうどこのタイミングで、第2幕が始まる流れに運ばれているようで(もしくは言い換えるなら、<生まれ変わる時>が来た、というタイミングのようで)、まさに<Faith>、<復活>のテーマとピッタリ重なっていて嬉しく思いました。
わたし自身、今年の春は、わたしの人生にとってかなり大きな節目になる感じがしているので(去年の12月から緩やかにはじまっていて、今年になって面食らうほどの美しいものを感じているところです)、この連鎖をご参加くださるみなさんと一緒に体験することになっているのだなと、ワクワクしています♡ このリトリートに全身全霊をかけて取り組みます。<すべてが蘇る>のを見ましょう。真の自己の<再生>を受け入れましょう。
もちろん、リトリートだけ、というわけではないので、何かしらこの春、ご一緒できましたら嬉しいです。
わたしたちは、まっすぐに、ジャスティン・ビーバーのように、“PRAY FOR ME”を放っていいのですよね♡
コースを学ぶ仲間同士が1つのところに集うことは、お互いに“PRAY FOR ME”の静かな思いで心の窓を開く、美しい機会になるのではないでしょうか。
兄弟姉妹を心から頼るとき、奇跡は必ず起きます。ほんとうに頼るとき、真に与えているのです。
与えることと受け取ることは同じ。
見ずして信ずる者は幸いなり。
これをみなさんと一緒に体験していきたいです♡
Blessings,
愛
2026.3.2配信
(繋がってくださっている方に毎月お送りしています)
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