スピリチュアルな学びを深めていこうと意欲的になり、学習に取り組んでみたものの、自分は周りの人たちのようには喜びや幸せを経験できていないと感じて、「自分には向いていないんだ」とか、「自分には能力が足りないんだ」といったことを思い、学びをやめてしまう人が存外多いようなのですが、「向いていない」、「能力が足りない」という、そのものの見方を疑ってみないというのは、ひどく残念なことだと言えるかもしれません。

わたしはこれまで、心の学び、スピリチュアルな学びのティーチングを十数年(他の分野も含めるとティーチングを二十年以上)続けてきましたが、そこで気づいたことの一つが、多くの人々には、なんでも能力の問題にすり替えてしまうきらいがあるということです。

「スピリチュアル」と言葉がつくと余計にそうらしいのですが、「生まれつきのパワーがないから、練習してもたいして変化が起こらない」、「もともと能力が低いから、わたしにはできない」などと考えるのです。そうやって、向いている/向いていない問題、能力がある/ない問題に仕立て上げることによって、「どうせわたしは幸せになれない」、「どうせわたしは奇跡を経験できない」と決めてしまうのです。決めてしまっているので、「できない」をずっと経験し続けてしまいます。

 

能力の問題にすり替えてしまうことのメリットは、「このままの、ダメな自分でい続けられる」ということではないでしょうか。これが奥底にある、隠し持った企図なのでは?
無力で、無価値で、脆弱で、欠けている自分どうしようもない自分サイテーな自分サイアクな自分でい続けるというねらい通り、日常のあらゆる出来事、体験の中でそれを実感するはめになります(「ほら、やっぱりわたしはできない」、「ほら、やっぱりわたしは向いていない」と思える経験を捏造します)。自分で決めた通りになっているのです。

 

A Course in Miracles(ア・コース・イン・ミラクルズ:『奇跡のコース』/『奇跡講座』)のワークブックに、このような一文があります。

あなたの本性のゆえに、あなたには奇跡を受け取る資格がある。

(W-pI.77.1:1/『奇跡講座 下巻』/中央アート出版社)

 

わたしたちはみな、清らかな神の子、光の存在、愛のそのものなので、苦痛などふさわしくはありません。自我の思考(自分を被害者だと見ること、攻撃と防衛を繰り返すこと、自分を欠けている存在だと見なすこと、他者に不満を抱くこと)を重んじて、苦しみ続ける必要はないのです。

そのようなものを自分で選んでいたのだと気づいたなら、選択を、心を、変えることができます。誰の中にもいるガイド、聖霊(ホーリースピリット)に助けを求めることができるのです。ホーリースピリットが、ものの見方を、知覚を優しく訂正してくれます

無力で、無価値で、脆弱で、欠けている、罪深い存在などではなく、愛に満ちた、美しく清らかな存在こそ本当の自分だったのだと思い出せるよう助けてくれるのです。誰かとの、関わり合いにおいて。何かとの関係性において。

 

愛だけがふさわしいわたしたちは、誰でも光の訂正という奇跡を受け取ることができます。心の安らぎを思い出せないのは、奇跡を受け取れないのは、能力が足りないせいではありません。能力の問題ではないのです。神に永遠に愛されている神の子ゆえに、奇跡が、幸せが、愛がふさわしいのです。分離はなく、ワンネスが真実なので、誰もが神の子(ひとつ)なので、誰もが奇跡(シフト)を受け取れます。

愛はふさわしくない、苦痛こそふさわしいと心に誓ったことによって、足りなさを見ることを誓っていることによって、つまりは自我(エゴ)を教師にしているがために、心の安らぎを感じられず、奇跡を受け取れなかっただけなのです。

 

優しい光は、いつも差し込んできています。それが、見えますか。それを、見たいと思うでしょうか。愛の呼びかけは絶えず続いています。それが聞こえますか。聞いて、その呼びかけに応えたいと思うでしょうか。

わたしたちがどんなに、自分を、本当の自己ではないもの(無力で、無価値で、脆弱で、欠けている、独立した個別のもの)として信じ込んでいようとも、自己欺瞞と疑念の雲が広がっているとしても、ホーリースピリットはわたしたちを見放したり、見捨てたりしません。ホーリースピリットの光は、愛は、いつもわたしたちに与えられています

愛のない、自我(エゴ)の考えはもう望まないと思えば、ホーリースピリットに助けを求めれば、確かに愛されていたということが感じられるようになります。個人的に手に入れようと考えるのではなく、誰かと、必然の相手と、この人が愛そのものであるはずがない!と断じたその人と、一緒に愛の贈り物を受け取りたいと望むなら、いつでも受け取れるのです。誰とでも。何度でも。ずっと——。

 

能力の問題にすり替えて、愛を遠ざけるのではなく、「どうぞ教えてください」と、ホーリースピリットにお願いしてみましょう。「真に学びたいのです。どうぞ導いてください」と。愛だけがふさわしいのですから。奇跡を受け取る資格があるのですから。

そうすれば、雲間から美しい聖なる光が差し込んでいるのが、きっと感じられることでしょう。疑念の雲は、その瞬間、もはや消えていることでしょう。この光は、わたしたちの内に、ずっとあったのです。親しい人の中にも、苦手な人の中にも。誰の中にも——。

 

秋風にたなびく雲の絶え間より
      もれ出づる月の影のさやけさ

Blessings,

2021.9.1配信

   
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9/9は「祈りの繋がり」の日です★
今回は心の平和に関するお祈り
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