わかち愛ミッション

条件付きの、この世界

 
根源的な意味では、わたしたちの天職もミッションも
まったく同じなのだということを
これまでの記事でお伝えしてきました^^

愛をわかち合うこと、放射し続けてゆくことは
わたしたちにもともと備わっている力、はたらきです。

でもそれが、この世界においては
ねじれてしまっていて、

まず、「愛」の意味を誤解しているし、
「わかち合う」ということの意味も
理解できていないという

なんとも残念な状態になっているのです(>_<)

どうねじれてしまったかと言うと、

愛を惜しみなく差し出すことよりも
愛を欲しがることばかりに一生懸命で、

もし愛を与えるのだったら
交換条件で相手からも何かを求める
というふうになっているのです。

お金の動き方や、恋愛に当てはめてみると
非常にわかりやすいと思います。

あるいは、親のしつけ、子どもとの関わり方にも
顕著に現れるケースがほとんどです^^;
ご褒美という考え方はわかりやすいですよね。

得るために与える
これがこの世界のやり方です。
これはむろん、ほんとうの愛ではありません。

 

 

誰もが探し求めているもの

 
そんなふうにしてねじれてしまった理由は、
心にいつも恐れがあるからです。

恐れを持続させる考えは

「わたしは足りない」
「わたしは愛されていない」
「わたしは安全ではない」

こうした思いたちです。

 

誰もが、ほんとうの愛を
ほんとうの安心感、
ほんとうの満ち足りた感覚を求めています。

わたしはここにいていい。
存在価値を実感したいというのも結局同じで、
愛をほしがっているのですよね^^

 

エゴ(自我)の存在価値というのは、
「足りない」が土台となっているわけですから

「埋める」ということによって
価値があると認められたことになる、

とまあ、そんなふうに考えているわけです。

ですから、この世界で、
一生懸命「埋める」作業をします。

働いて、お金を貯める。
毎日勉強して、資格を取る。
自分磨きを頑張って、パートナーを見つける。
食べログで検索して、美味しい料理を食べる。

人よりたくさん資格を持っていて、
周囲よりも年収が多くて、
みんなから憧れられて、慕われて、
年齢のわりに若々しく綺麗で、
愛してくれるパートナーがいて、
毎日美味しいものを食べて、、

リア充。笑

これが、エゴにとっての
「わたしは存在価値がある」です。

たとえば、ですけれど。

足りないものを埋める
それができたら、わたしの存在価値が上がる

・・そんな、とんでもない考えを
持っているわけです。

こうした人生においては、
ほんとうの愛をわかち合うことができません。

真逆の方向に進んでいるからです。

 

もちろん、働いて収入を得てもいいし、
パートナーがいることは素敵なことだし、
重力に抗ってあれこれボディケアをしたっていいし、
必死で認定資格のコレクターになっても、
何をするにしても、それは自由。

行動そのものには、
良いも悪いもありません。

 

ただ・・
得るために与える
足りないから、埋めようとする

こうした生き方をしているうちは、
「わかち愛」はできないし
ほんとうの自分の存在価値を
感じられるようにはなりません。

では、ほんとうの存在価値とは
いったい何のことなんでしょうか^^?

これについては
次回丁寧に書いてみますね・.*

Blessings,

 

 


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