5,6年ほど前のことです。その日、郵便局に行く用事がありました。午前の授業を終えて校舎を出、軽自動車で近くの小さな郵便局へと向かいました。学校から車でおよそ5分のところにあるその郵便局は、田舎にふさわしい大きさで、駐車場と呼べるようなところはないため、利用者の車が道路の脇に数台止まっているのが常です。

 

その日も幾台か停車されていたので、窓口の3つしかない郵便局が混んでいるらしいことがわかりました。
向かいの空いたところに車を停め、郵便局に入ったところ、想像していたより多くの人が並んでいるのが見えました。またすぐ学校に戻ることになっているわたしは、そのとき、少し苛立ちを感じました。しばらく待たされることになるのは、嫌でした。

 

けれども、そのすぐ後で、こう思ったのです。
もしここにイエスがいたら、このような状況のとき、どう感じるんだろう、と。

むろんわたしのように焦ったり苛立ったりするはずがないというのは明らかですが、実際にイエスにはどう見えるのか、どう感じられるものなのか、経験してみたいと思いました。

イエス・キリストでなくても、仏陀でもいいし、聖母マリアでもよいのですが、そのときは、「イエスなら…?」と思ったのです。

 

もしイエスなら……と思ったとたん、わたしの胸の中央から光が一気に放射されて、小さな郵便局じゅう、光でいっぱいになりました。内心、「え?!?!」と驚きながらも、ただそのまま任せて立っていました。いえ、立っているという感覚さえなかったように思います。何もせずにそこにいました。

わたしには光で満たされた郵便局――職員さんも、訪れていた人たちも、そこにある物もみんな光で包まれているさま――が見えていましたが、もちろん人々は銘々動いているし、わたしが苛立っていたときと、郵便局内は何も変わっていません。

 

けれども、「待たされている」という感覚はまるでありませんでした。ただ安らかな気持ち。しずかで、平和で、穏やかです。時間の感覚がありませんでした。何をしているのでもない、何かゴール(ねらい)があるわけでもない、「ただ、在る」という、完璧なBeingの状態です。

もし誰かに「何をしているの?」と聞かれたら、「何も」と答えるしかないような、それでいてとても満ち足りている、そんな感覚でした。傍から見れば、「待っている客」なのでしょうけれども。
気づいたら順番がやってきて、わたしは窓口に行き、用事を済ませて外に出ました。

 

あれは何だったんだろう……。そう思いながら車に乗り込み、また学校へと戻りました。ちょうど休憩時間だったようで、生徒たちが出歩いているのが見えます。

車を停めて校舎へと歩いているとき、外に出てきていた女子生徒と出合いました。授業を受け持っているクラスの女子で、どちらかと言うとわたしと交流を持とうとはしない、さっぱりした性格の子です。授業で当てて答えてもらうというやり取り以外、ほとんど会話したことがありません。

 

その子が、わたしに近づいてきて、挨拶もなく突然こう言いました。

「先生、今日どうしたん?」

 

どうしたとは、いったい何のこと?わたしには何もおかしなところはないはずだけれど。そう思って、「どうしたって?何か変?」と聞き返してみました。すると彼女は、

「先生今日なんか光ってるで」

と言ったのです。ちょっと不思議そうな顔をして。

 

ひ、光ってる?!
わたしは内心とても驚きましたが、「そうなの?」などと適当なことを言ってごまかし、校舎に戻ってしまいました。

どうしてそれがわかるんだろう。というより、わたしはまだ光っていたの??イエスのあれが??
一瞬わけがわかりませんでした。郵便局で経験したことは、わたしの勝手なイメージだと思っていたからです。「もしわたしがイエスだったら編、郵便局バージョン」といったふうに。軽い気持ちで試してみただけのことだったのです。

それが、どういうわけか、イエスの光を目撃してくれる人が現れた。
妄想ではないらしい。思いを向けるだけで経験できるらしい。しかも受け取ってくれる人がいるだなんて。

 

ほんとうのひかりは、わかち合われるものなのだと思います。それも、特別な存在だけが持っているものではなく、誰もがもともと持っているもの。
差し出すことによって、確かに持っている、ということがわかるし、差し出すとき、必ず、受け取り手がいるのです。相手が気づこうと気づくまいと。
それに、差し出すことに、スキルは要らないのです。ただ意志を持つことだけ。それもほんのちょっとの意欲があれば大丈夫。

 

完璧なBeing、「ただ、在る」というのは、ほんとうに美しくて、しずかで、愛に満ちている……その真実に微かに触れたような、そんな経験でした。

「イエス」も「仏陀」も、どこにでもいるのです。
あなたのなかにも――。

 

Blessings,

 

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末吉愛のプロフィール


わかち愛カウンセラー

ドリーン・バーチュー博士公認
Angel Therapy Practitioner®

私学の中高一貫校で国語の講師として10年間務める。
 
20代の頃、ニューヨークなどでカウンセリングについて学びを深め、26歳から心理カウンセラーとして活動し、28歳で起業。
 
その後数々の奇跡が起き、自分では申し込んでいないのに、ドリーン・バーチュー博士から直接、オラクルカードリーディングについて学ぶ機会に恵まれ、Angel Therapy Practitioner®として活動するように。
 
その後依頼を受け、梅田蔦屋書店、なんばCITYの旭屋書店にてオラクルカードリーディングのセッションやミニ講座も担当。




オラクルカードリーディングについては500名以上にレクチャー、心のケアに携わった人数は4000名以上。セッションは10000件ほどになる。




かつては、自分の存在価値がまるでないと感じ、無力感や痛みを抱え、人と関わることが苦手でふさぎこみがち、虚無感と無価値感に耐え切れずリストカットをしていた頃もあったが、
 
「わかち愛」という、眠っている才能を呼び覚ます大切なエッセンスを知り、人生の大きなシフトを経験する。
 
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