#044

ACIMはじめてさん向けコーナー

 

今回は、ご質問コーナーに寄せられた
内容に関して書いてみます。

なおご紹介くださる場合は、このページのリンクを
お知らせいただけましたらと存じます。
(本文のコピーはできません©️)

コースでは、あらゆることをHoly Spirit(聖霊)に
任せるよう促されています。

それは、依存することなのでは?と思えたり、

そもそも分離が夢、幻想に過ぎないのだから
聖霊もストーリー上のものなのでは?
混乱してしまう・・という方は
結構いらっしゃるようです。
  

まず、Holy Spirit(聖霊)はどういった存在か、
というところから見ていきましょう。

7聖霊は、まさに文字通りの意味で、あなたの中に存在している。8聖霊の声は、あなたがもといた場所でありいずれ再び戻ることになる場所に戻るようにと、あなたに呼びかける声である。

T-5.II.3:7,8/『奇跡講座 上巻』
中央アート出版社

このように明確に記されています。

天国というふるさとに帰ることができるように
わたしたちを導いてくれるのが聖霊です。
ですから「架け橋」と呼ばれることもあります。
 

この世界の住人、この世界を生きている者、
この身体が自分、この個人的存在が自分なのだと
信じている者は例外なく、分離を信じています。

本気で信じています。
この世界が存在していないとは、
とても思えない心の状態です。
 

2あなたは、山積みにした紙切れの束と大量の円形の金属がない限り餓死してしまうと、本気で思っている。3小さな粒状の固体や、鋭い針で血管に注ぎ込まれる液体が、病気や死を寄せつけずにいられると、本気で思っている。4別の肉体があなたの傍にいない限り、自分は孤独だと、本気で思っている。   

W-pI.76.3:2-4/『奇跡講座 下巻』
中央アート出版社

 
分離は一度も起きていませんが、
頑なに分離を信じる心にとっては、
上記のような状態なのです。

お金がないと生きていけない、
薬が病気を防ぎ、死を遠ざけてくれる、
他者が物理的に傍にいれば安心だ、

このように考えているということは
この世界が実在していると信じており、
つまり分離を信じているということです。

 
あり得ないことを、信じています・・!
イエスに言わせれば正気ではないのです。(>_<)

そのようなわたしたちが、真理を思い出すには、
ワンネスという天国を、平安を思い出すには、
導き手が必要です。

あり得ないことを信じている心が
どうやって自分を導けるというのでしょうか。

あり得ないことだと思えていないというのに。

 

ホーリースピリットは、実在していない夢の中、
この世界において、わたしたちが自分勝手に
定義している幸福を実現できるよう
助けてくれる存在ではありません。

この世界を超えられるように助けてくれるのです。

言い換えればそれは、真の自己を思い出せるよう
助けてくれる、ということです。

わたしたちは肉体ではなく、個別の存在ではなく
コースの言葉で言えば「神の子」、「キリスト」です。

 

14.光から遠ざかるような無益な旅に出かけたい誘惑にかられるときはいつでも、自分が何を本当に望んでいるかを思い出し、次のように言いなさい。    

2聖霊は私をキリストへと導く。そして私はそれ以外のどこへ行きたいだろう。
3キリストの中で目覚めることの他に、私にどんな必要があるだろう。

T-13.VII.14『奇跡講座 下巻』
中央アート出版社

 
Holy Spirit(聖霊)が何のための存在か、
はっきりと述べられています。

日常のあらゆることを聖霊にお任せすべき理由は、
自分でやれると思ってやることのすべてが

自我(ego)の目的を果たすためだけのことに
なってしまうからです。

分離の信念を強めることにしかならない
目覚めに近づくことにはならない
という意味です。

  
わたしたちは心です。肉体ではありません。
心そのものです。

独立した心、分離した心というものは
存在していません。

わたしたちの心には、拠り所があります。
よすがなしに“生きる”心などありません

わたしたちは、神の「子」なのです。
子は、父に頼って(愛で繋がって)います。
神に創造されたのです。

神抜きに存在できるなど、あり得ません
源なしの心、などあり得ないのです。

 

6神とその被造物たちは、完全に相互に依存している。7神は彼らを完全無欠のものとして創造したからこそ、彼らに依存している。

T-2.III.5:6
 

神の子は神に“依存”しているし、
神もまた神の子に“依存”しています。

神は、神の子から独立することを
決して望んでいません。“依存”しています。

 

4自我の傲慢を、あなたからの独立を意志しない神のせいにしてはならない。5神はご自身の自立の中にあなたをも含めている。6神から離れて、自立が意味をもつとあなたには信じられるのだろうか。7自我の自立を信じることにより、あなたは自分が神に依存しているという智識を失っているのだが、その智識の中にこそあなたの自由がある。8自我はあらゆる依存を脅威と見ており、あなたが神に対して抱く憧憬さえも、自我自身を確立する手段へと歪めてきた。9しかし、あなたの葛藤についての自我の解釈にだまされてはならない。

T-11.V.6:4-9

 
離れることはあり得ない、
繋がっていてひとつなのだから
という“依存”です。

神の“自立”とは、
神と神の子は永遠にひとつであり、
神と同じように神の子もまた
永遠に愛を創造、放射し続ける、
ということですね^^

神の子は神に“依存”しているし、
神もまた神の子に“依存”しています。
 

いっぽう自我の自立は、
神から分離していられるんだ、
神から独立した個別の存在なんだ!
という主張です。

イエスの言う通り、傲慢なのです。
 

よすがのない心、源のない心など
あり得ないことです。

眠っている神の子、分離を信じた神の子の
よすがはなんでしょう、、、

そうです、自我(ego)ですね。
神を、真理を否定しているのですから。

自我に依存している状態、自我と癒着状態です。

 
それならば。
心は拠り所なしに存在していないのであれば、
自我と癒着している場合ではありません。

自我という狂気を拠り所にするだなんて、
自我に忠誠を誓ってきただなんて、
あり得ないこと、もう終わりにしたいことですよね。

 
分離の夢の世界で、では、誰に頼るべきなのか

神に背を向けている心にとっての、よすがは?
救いの道は??

みなさんご存知の通り、頼るべきは聖霊であり、
聖霊が教えてくれるゆるしが救いの道です。

答え”は、すでに与えられています

  
 

質問:分離が幻想であって、聖霊はその分離という問題を解決するために存在するようになったというのなら、聖霊は幻想だということになりませんか?

 

回答・なりません。なぜなら、神が聖霊を創造したからです。でもそれはよい質問ですね。それに対する『奇跡講座』の答えは、「分離が完全に癒されたときには聖霊はもはや必要なくなるが、それでもそのときにも依然として存在している、なぜなら、神が聖霊を創造したからである」となります。そして、その後、聖霊は天国へ戻り、私たちの被造物たちを祝福すると述べられています(T-5.I.5:7)。

『奇跡の原理― 奇跡講座「50の奇跡の原理」解説 ―』
ケネス・ワプニック著
中央アート出版社

 

いかがでしょうか^^?

これで、依存の意味が変わりますね、

わたしたちは自我と癒着し、
自我の思考体系に、特別性、個人性に
アディクトしてきたわけですが、

(自分でやれる、自分で判断できる、
自分はわかっている、と信じていることが
自我と癒着しているという意味です)
 

ほんとうのわたしたち、
清らかなスピリットそのもの、
聖なる心そのものである真の自己は、

神を頼りとしている、
神に“依存”している、

つまり、神から離れていられるだなんて
絶対にあり得ない、
永遠に拡がる愛のなかで神とひとつである、
という幸せ

(これこそ、“幸せ”なのです・・!)

思い出せるように助けてくれるのが
ホーリースピリットです。
 

ホーリースピリットに頼らないで、
いったい何に頼るというのでしょうか。

日常のすべてを奇跡の道具にしてもらわずに
(繋がりを思い出し癒される機会にしてもらわずに)

いったい何を目的に、
この夢の世界で過ごすというのでしょうか。
 

今こそ、幸せを決断したいですよね・・♡

みんなで一緒に心の手を取り合って
幸せを決断しましょう。愛を受け入れましょう。
 

真の依存を、喜びましょう・.*

永遠に愛のなかにいることを。
必ず目覚めることになることを。

Blessings,

 

2022/9/11配信
©️2022 Sueyoshi Ai

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