誰もが日常で、愛の贈り物を、奇跡を受け取ることができますが、愛の光にまったく気づけない(自分には愛はふさわしくないのだと拒否している)状態では、奇跡は見えないままです。

A Course in Miracles(ア・コース・イン・ミラクルズ)という本、日本語版では『奇跡のコース』/『奇跡講座』に、このように述べられているところがあります。

奇跡はすべての者の権利であるが、まずはじめに浄化が必要である。

(T-1.I.1:7/『奇跡講座 上巻』/中央アート出版社)

 

わたしたちは、心の浄化によって奇跡を受け取ることができます自我(エゴ)の思考体系(分離を信じる思い、攻撃と防御の考え、罪・罪悪感・恐れが土台となっている想念)を大事にしていると、ずっと待ってくれている奇跡に気づけません。

心の浄化は、わたしたちが自分ですることではなく、誰の中にもいる内なるガイド、ホーリースピリットによってなされます。わたしたちに求められていることは、愛のない考えを見つけ次第、ホーリースピリットに差し出して、訂正を、奇跡をお願いすることです。

 

あなたの為すべきことは、愛を探し求めることではなく、ただ自分自身の中に築き上げてきた愛を阻む障壁のすべてを探して、見つけ出すことだけである。真実を探し出す必要はないが、虚偽を探し出すことは確実に必要である。

(T-16.IV.6:1-2/『奇跡講座 上巻』/中央アート出版社)

 

愛は、ずっと在るものです。愛が現れたり、消えたりするということはありません。「ここには愛がないじゃないか」、「この人には愛がないじゃないか」と言いたくなるのは、永遠の愛を、神を、否定する思いが奥底にあるからです。

というのも、この世界(多くの人が「現実」と呼んでしまっているこの夢の世界)は、真の愛を否定する思い、攻撃する思い、打ち負かしたいという思いによって作られたものなのです。無意識であっても、「ここには愛がないじゃないか」、「この人には愛がないじゃないか」と、言わずにはいられないわけです。

 

愛のない思いで作られた(でっち上げられた)世界において、けれどもわたしたちは、永遠の愛の反映を、目撃することができます。分離(真の愛、神を否定する思い)の世界はホンモノではなく、単なる妄想であって、愛だけがリアルです。

眠っているわたしたちが、真に実在しているのは愛だけだということを思い出すために、愛を阻む障壁をすべて、ホーリースピリットに取り消してもらうことが必要となってしまったのです。

愛を阻む障壁、愛を拒絶する思い、愛に抗う思いの数々に、わたしたちは、それがそれだと気づかなくてはなりません。おかしなことに、まったく愛でない考えであっても、「これは愛からの思いだ」、「これはわたしなりの愛情だ」などと思ったりするのですから、注意深さが必要です。

「宿題をサボった我が子に、その日お菓子を与えないというのは、紛れもない愛だ」と真剣に思ったり、「大好きな彼にこまめに連絡を取ることは愛している証だ。それなのに彼のほうは、あんまり返事をしてくれない。愛されていない、つらい・・」と悩んだりするようですが、人間は、愛が何か、ちっともわかってなどいないのです。

 

このコースを学ぶには、あなたが抱いている価値観のすべてを疑ってみようとする意欲が必要である。

(T-24.in.2:1/『奇跡講座 上巻』/中央アート出版社)

 

奇跡を受け取るには、心の浄化が必要で、心の浄化をホーリースピリットにお願いするには、愛でない思い(自我の考え)に気づくことが大切です。自分の中で正当化してきてしまった自我の考えを見つけ出すには、自分の価値観を疑問視することが重要なのです。

価値観を疑ってみるということは、自分のものの見方に問いを投げかけてみるということですから、まず、自分が「どう見ているのか」ということを認識することから始めることになります。

 

先の例で言えば、「宿題をサボる我が子」を見て、「宿題をするように仕向けないといけないから、罰としてお菓子を抜きにしよう」と考える(相手をコントロールしようとする)代わりに、「宿題をサボる我が子」に、自分はいったい何を見ているのか、どのように我が子を見ているのか、心の質問をしてみるのです。

子育てがうまくできていないという罪悪感や、親としてちゃんとしていないという恥の概念に気づいたり、子どもが勉強しないことで将来良い職業に就けず、お金に困り、自分もそれに巻き込まれたらどうしようと、結局自分の心配をしているだけじゃないかと気づけるかもしれません。あるいは、子どもが自分の言うことに従わないことに対して屈辱感を覚えているのだと、ハッとするかもしれません。

「我が子のためを思って」など、嘘ではないか。自分を守りたいだけじゃないか。罪悪感、恥じる思い、屈辱感、負けたくない思い、正当化したい思い、防衛心・・・そうしたものが見えてきて、ショックを受けるかもしれませんが、こうした愛のない思いを抱いていることについて、自分を否定したり責めたりする必要はありません

愛のない思い、自我の考えに気づけたら、それを保持する代わりに手放したいと思えたなら、あとはホーリースピリットに差し出して、助けを求める(訂正をお願いする)だけでよいのです。たとえば、「こうした思いを抱いて自分を正当化していたくはありません。すべて手放したいです。我が子を、ホーリースピリット、あなたの目で見られるように助けてください」と祈ることができます。

 

そうすると、我が子が「我が子」を超えて、「神の子」という、どんなに美しい存在だったかを思い出せるようになります。いつも愛を差し出してくれていたこと、気づくのを待ってくれていたこと、ずっと祝福してくれていたことが感じられるようになるのです。それはまさに奇跡です!

自分だけが、間違って見ていたのだった、気づかせてくれてありがとう。そのように感謝する心に戻れます。自分を責めたり、攻撃していたのは、ほかでもない自分だったと気づくことができ、心の重荷——持つ必要のない罪悪感——が取り消されたとき、愛からの光がはじめから与えられていたと、思い出せるのです。

光を、平安を思い出したお母さんの心は、お子さんの心に必ず届きます。そうして二人は——心はひとつにつながっているふたりは——ともに癒しを受け取れるようになるのです。奇跡は、ホーリースピリットの愛の贈り物は、二人以上のあいだで、受け取られるものです。分離はなかったね、愛でつながっていたねと称え合う、心の真の喜びのなかで——。

わたしたちにふさわしいのは、愛です。愛の体験です。ホーリースピリットからの愛の贈り物を受け取るために、まずは、心の質問をしてみましょう。ホーリースピリット、一緒にわたしの心を見てくださいと、お願いをして。

Blessings,

 

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