ACIM(以下、コースと言います)は内容が非常に難解だと言われているのですが、コースの教師、ジョン・マンディさんによれば、「簡単に理解できることを教えている」のだそうです。

 

『奇跡のコース」を生きる 入門から実践までジョン・マンディ 著/香咲弥須子 監訳
こちらから、ご紹介させていただきます。

 

あなたもコースを手にとれば、すぐに、「すごい。誰がこれを書いたのだろう?」と思わずにはいられないでしょう。そこに記されているのは、美しい真実を明確に反映したものであり、耳を傾ければ完全にはっきりと聞くことができるものばかりです。そこでは、簡単に理解できることを教えています。シンプルで率直、そして手加減がないのです。

とあり、この続きに・・

それはひとえに真実がそうだからであり、もしコースがシンプルでないように見えるとしたら、それは私たちの心が入り組んでいて、シンプルではないからです。手加減なく見えるのは、私たちが矛盾しているからです。私たちは、神=愛と、自我=恐れの両方に忠誠を立てようとして、その真ん中で立ち往生しています。

と述べられています。この後、引用されているテキストの文章は・・

ひねくれた心は、シンプルであることが非常に苦手です。(テキスト第14章、II、2:3)

今まであなたが自分に教えてきたことは、過剰なまでに学習され固定されてしまったために、重いカーテンのようになって、単純で当たり前のことを見えなくさせています。(テキスト第31章、I、3:4)

 

 

わたし自身コースの学習に取り組むに当たって、また、Zoomクラスやテキストクラスなどを開催するようになって気づいた大事なことは、学び方を学ぶということです。

 

おそらく、まずはここからなのではないかと思います。

コースのテキストは、すんなり読めるものではないというのは、きっと多くの人が感じることです。

ここで1つ確認したいのは、「読む」とは、文字を目で追うことではないのでは?ということ。

記載されている文字を目で追うだけの作業を読むことだと定義するなら、もちろんコースのテキストだって、さっさと読めてしまいます。何度だって。

・・でも、どうでしょう、自分の心に正直になりたいものです、どれだけイエスの教えが「吸収」されたのかについて。。。

 

「読む」とは、どういうことで、
「学ぶ」とは、どういうことなのか。

考えさせられます。

 

読む姿勢、学ぶ姿勢、そのあり方を学ばない限り、おそらく何年かけても、テキストを何周読んで、ワークブックを何巡したって、ちょっとした何かに、あるいは周りの誰かのことに対して苛立ちを感じたり、ジャッジすることをやめられないのでは?「ちょっと」どころでは、ないのでは?笑

・・そう思えてきます。

無論これは誰かに向けて言っているのではなく、自我(エゴ)の逃げる姿勢を露わにしているだけです。
自分が、このような姿勢になることを望まないからです。

 

わたしが望む学ぶ姿勢については、ここに記されています。
大好きな箇所の1つです。

きわめて重要なことは、自分は何も知らないと学ぶことである。
T-14.XI.1:1

あなたによる学びは、現在には何の意味も与えない。あなたがこれまで学んできたいかなることも、現在を理解する助けにはならず、過去を取り消す方法を教えることもできない。あなたの過去は、あなたが自分自身に教えてきたものである。そのすべてを手放しなさい。どのような出来事も物事も人々も、過去の「光」に照らして、理解しようとしてはならない。
T-14.XI.3:4-8

 

あなたの役割はきわめて単純である。あなたはただ、自分がこれまでに学んだ一切を自分は望まないと認識すればよいだけである。教えてもらえるように求めなさい。そして、自分が学んだものを、自分の経験に基づいて確認してはならない。あなたの平安が何らかの形で脅かされたり、乱されたりしたときには、自分自身に向かって次のように言いなさい。

  私には、これを含むあらゆることが、何を意味しているのかわからない。そして、それに対してどう応答すべきかもわからない。だから私は、自分の過去の学びを、今、自分を導く光として用いることはしない。
T-14.XI.6:3-9

出典:
『奇跡講座 テキスト編」/中央アート出版社

 

 

何も知らないのだから、心を開きたいものです。

まったく何もわかっていないということを素直に認めて、意地を張らず、純粋な心でハートを開き、教えに耳を傾ける思いで、ゆっくりゆっくり・・聖霊(ホーリースピリット)とともに一文ずつを読みたいものです。

ときに抵抗することがあっても、そんなエゴ(自我)のうるさい声を正当化しようと躍起にならず、やいのやいの言いたくなる自分(エゴと同一化してしまっている自分)を責めることなく、聖霊(ホーリースピリット)を呼んで、真に理解したい気持ち、真に学びたい気持ちを告げたいものです。

 

教わる姿勢になっているだろうか・・・?

わたしが、コースが確かなものかどうか、判断してやるんだと思っている以上、真に学ぶことはできません。

教えに心を開きたいものです。イエスの、愛に満ちた教えに。
わたしは何も知らない、のですから。

ある意味、難しくて当たり前で、抵抗して当たり前なのだけれども、素直さを思いだしたいと感じます。
純粋に、わたしが望んでいることは何なのか——。

コースにいちゃもんをつけることを、苦しむことを、悩んだり、不安になったり、後悔したり、重い罪悪感や孤独感を抱くことを、まさか望んでいるはずがありません。

ならば・・・素直にサレンダー(降参)したいものです。
素直に、コースのテキスト(マニュアルも含め)を読み、ワークブックに取り組み、文字を目で追うことで終わらせて逃げたりせずに、素直に日常に当てはめていきたいものです。実践したいものです。

 

そうして生きて、奇跡が起きないはずがありません。

奇跡が起きることは、自然なことなのでした。
奇跡が起こるには、はじめに浄化が必要なのでした。

わたしはものをわかっている、わたしは〇年間〇〇をしてきた、こんな辛い経験をしてきた云々、それを武器にして威張っても、学べません。

 

浄化を受け入れるためにも、学び方を学ぶ。
学び方を学べば、あっという間に浄化は起こるように思います。

浄化されるまい、手放すまいとしているのは、「自分」だけだからです。

意地を張らなければ、奇跡は起こります。
何度でも——。

 

わたしは何も知りません。ですからホーリースピリット、教えてください。
あなたの教えに、いま、心を開きます。

Blessings,

 

 
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末吉愛のプロフィール


カウンセラー

ドリーン・バーチュー博士公認
Angel Therapy Practitioner®

私学の中高一貫校で国語の講師として10年間務める。
 
20代の頃、ニューヨークなどでカウンセリングについて学びを深め、26歳から心理カウンセラーとして活動し、28歳で起業。
 
その後数々の奇跡が起き、自分では申し込んでいないのに、ドリーン・バーチュー博士から直接、オラクルカードリーディングについて学ぶ機会に恵まれ、Angel Therapy Practitioner®として活動するように。
 
その後依頼を受け、梅田蔦屋書店、なんばCITYの旭屋書店にてオラクルカードリーディングのセッションやミニ講座も担当。




オラクルカードリーディングについては500名以上にレクチャー、心のケアに携わった人数は4000名以上。セッションは10000件ほどになる。




かつては、自分の存在価値がまるでないと感じ、無力感や痛みを抱え、人と関わることが苦手でふさぎこみがち、虚無感と無価値感に耐え切れずリストカットをしていた頃もあったが、
 
「わかち愛」という、眠っている才能を呼び覚ます大切なエッセンスを知り、人生の大きなシフトを経験する。
 
自分に自信を持てずにいる人が、誰にでも与えられている「わかち愛ミッション」を思いだし、内なるガイダンスを受け取って軽やかに人生を切り拓き、愛と喜びを経験できるようサポートしている。

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