『奇跡のコース』ワークブック・レッスンの気づきを綴っています
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Lesson271:今日こそ、わたしはキリストのビジョンを使うことにします。
  
ここ数日、レッスンが繋がり続けています(実際のところ、すべてがそうなのですが、それにしてもここ数回は似た内容を学んでいます)。
それだけ、キリストのビジョンを使うこと、肉眼をあてにせずにホーリースピリットのまなざしで見ることが大切だからだと感じます。
 
毎日、毎時、あらゆる瞬間に、わたしは、自分が見たいものを選び、聞きたい音を選び、自分にとって真実であってほしいものの証拠を選んでいます。

今日のレッスンの冒頭。
 
思いだすのはこのレッスンでしょうか。
 
「見る」という行為はすべて、自分の見たいと願うものを自分に見せることを目的としている。「聞く」という行為はすべて、あなたの心が聞きたがっている音を、あなたの心にもたらすだけである。

(『奇跡講座 ワークブック編』レッスン161/中央アート出版社)
 
エゴは分離のためにそのようにして肉体を使い、見聞きするのでした。
 
 
あなたは自分に見えている世界を疑っていないようである。肉眼を通して見せられるものを、本気で疑問視することがない。また、自分の五感はあてにならないものだと学んでから久しいというのに、なぜそれを信じるのかと自問することもない。少し考えてみれば、これまで五感がどれほど頻繁に間違ったことを伝えてきたかを思い出せるというのに、五感が伝えることを細部に至るまで信じているというのは、さらに奇妙なことである。あなたはどうして、そのようなものをこんんなにも盲目的に信用するのだろう。その理由は、確信があるふりをして潜在的な疑いを隠したいからではないだろうか。
 
どうしてあなたに判断することなどできるだろう。あなたの判断は、五感が差し出す証拠に基づいている。ところが、これ以上に間違った証拠というものはほかにあったためしがない。

(『奇跡講座 ワークブック編』レッスン151/中央アート出版社)
 
 
死のシンボルであるこの世界を、裁きの目で見、嘆きを聞き、分離の罪悪感を投影し続けることをやめて、キリストが見せようとしているものを見、神の声に耳を傾けることを選びます。
 
五感でとらえたものを証拠とせず、エゴを正当化せず、存続に心を許さずに、ただホーリースピリットに明け渡すなら、すべてと繋がることができ——最初からずっと繋がっていたのだということを思いだし——肉眼が、この耳がとらえたものはほんものではなかったということがすぐにわかります。
 
エゴの「証拠」が、やさしく溶けて消えてゆき、神の愛だけを感じられます。
 
 
わたしとは、この身体ではなく、永遠のスピリットなのです。
わたしとは、わたしたちとは、何もかもは——。
 
 
 
Blessings,
 
2019.1.26
 
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ワークブックレッスン日本語版は、
『奇跡のコース』のワークを学ぶ
ガイドブック10 特別性の終焉/
香咲弥須子/ナチュラルスピリットより
引用させていただきました。
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(ワークブックのレッスンでの気づきは、
4周目として取り組んでいるわたしの、
あくまでもごく個人的なものです)
 
 
 
A Course in Miracles(ア・コース・イン・ミラクルズ)には
テキスト編、ワークブック編、教師のマニュアル編があります。
日本語版は、中央アート出版、またはナチュラルスピリットから出ています。
 
ワークブックのレッスン内容の詳細については、ワークブック編をお読みください。
(こちらのブログでは詳細については記載しておりません)
 
 
 
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