『奇跡のコース』ワークブック・レッスンの気づきを綴っています
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Lesson239:わたしの父の栄光は、わたし自身の栄光です。
栄光と言われると、とても大きすぎることのように感じますが、虚無感のようなものを感じそうになったときは、このレッスンを思いだすことで、正気に戻れるよう、ホーリースピリットにゆだねる、ということをおこなってみました。
 
栄光については、テキストでこのように記載されているところがあります。
 
私が、「あらゆる力と栄光があなたのものであるのは、神の国が神のものだからである」と述べたときに意味していたことは、「神の意志には限りがなく、あらゆる力と栄光がその中に宿る」という意味である。それは果てしない強さと愛と平安を宿している。その延長に限りがないゆえにそれには境界がなく、それがあらゆるものを創造したがゆえにそれはあらゆるものを包み込んでいる。すべてのものを創造することによって、それはすべてのものをそれ自体の一部とした。そのようにしてあなたが創造されたので、あなたがすなわち神の意志なのである。

(『奇跡講座 テキスト編』第8章/中央アート出版社)
 
 
こうして、テキストも読んでみると、今日のレッスンの第一段落目に
 
父がご自身の栄光を分かち合っている人たちの中に、ほんの少しでも罪や罪悪感を見ることなどできません。

と述べられていることが、より深く入ってくるのを感じます。
 
すべてをすべてに与えてくださっている、わかち合ってくださっているという真実を受け入れるなら、ほんの少しの嘆きでさえも、神の子にはあり得ないことだと気づけます。
 
気づけるということと、事実そうだと真に受け入れるということは完全に同じというわけではないということを、感じざるを得ませんが、それでも、この気づきに、より確かさが増してゆくことは確実なのだと信頼すること、日々心の取り組みを続けてゆくことが大事なのだとおもいます。
 
今日、あることについて、「イエスだったらこの状況で、これをどう見るのだろう」と思ってみました。
すると、ただ、神を信頼するという感覚がやって来て、そのしずけさに胸を打たれました。
 
ただ、信頼しているのです。ただ、神のなかに在ること、神の愛があまねくゆきわたっていることを受け取っている感覚が、ほんの少しの間でしたが、わたしの中にあったのです。
 
イエスは、神を疑わなかった。神の臨在を思い、信頼し、そのしずけさと、永遠にひろがる愛のなかにいるだけだったのだろうと感じられました。
 
 
追記:
その翌朝、ある奇跡が起きました。
わたしは何もしていないのに、ちゃんとギフトが届けられたのです。

そのことをとおして、わたしがほんの少しでも、後ろめたさを抱く必要はないということ、愛は無条件に与えられるということをよりいっそう学ぶことになりました。
 
わたしの父の栄光は、わたし自身の、兄弟姉妹とひとつであるわたし自身の、栄光です。
 
これからも、ひとつであることの喜びを経験し続けたいです。
 
 
Blessings,
 
2018.12.25
 
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ワークブックレッスン日本語版は、
『奇跡のコース』のワークを学ぶ
ガイドブック9 祈りのある生き方/
香咲弥須子/ナチュラルスピリットより
引用させていただきました。
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(ワークブックのレッスンでの気づきは、
4周目として取り組んでいるわたしの、
あくまでもごく個人的なものです)
 
 
 
A Course in Miracles(ア・コース・イン・ミラクルズ)には
テキスト編、ワークブック編、教師のマニュアル編があります。
日本語版は、中央アート出版、またはナチュラルスピリットから出ています。
 
ワークブックのレッスン内容の詳細については、ワークブック編をお読みください。
(こちらのブログでは詳細については記載しておりません)
 
 
 
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