奇跡のコース』ワークブック・レッスンの気づきを綴っています
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Lesson107:真実は、わたしの心の中の間違いをすべて正してくれます。
 

今日のレッスンの第2段落目にこう書かれています。

幻想のない心の状態とはどんなものか、あなたには想像できるでしょうか?どんな感じでしょう?思い出そうとしてみなさい。たぶん1分くらい、あるいはそれ以下だったかもしれませんが、あなたの平和を邪魔するものなど何ひとつなかったときのことを、自分は愛されていて安全だと確信していたときのことを思い出してみなさい。それから、その瞬間が時の終わりまで、さらには永遠へと広がっていったなら、どんな感じがするか想像してみなさい。そしてあなたが感じたその穏やかな感覚を百倍にし、それからまたもう一度百倍にしてみなさい。

 

幻想のない心の状態。子どもの頃や学生の頃に、そういった感覚を経験したことがありますし、大人になってからも、たびたび経験しています。

奇跡のコースに出合っていない、学生の頃の記憶では、どこまでも平安がひろがっているような感じで、完全な信頼があり、たとえ、もしいま誰かに包丁で刺されたとしても、あるいは地震で家が崩壊して押しつぶされて死んだとしても、まったく平気だと感じている状態でした。とても幸福で、愛だけが在る、という感覚。すべてである、という感覚でした。

大人になってからも、同じような感覚で、「自分」という枠だったり、「身体」という感覚がなくなるのです。
言葉にするのは、難しいですが。

テキスト(『奇跡講座 テキスト編』/中央アート出版社)には、

誰もが、自分を超えたところに運ばれる感覚と呼べるような体験をしたことがある。この解放感は、時に特別な関係の中に望まれる自由の夢を、はるかに凌ぐものである。それは実際に制限から脱出する感覚である。この「運ばれること」が真に何を意味するのかをよく考えてみるなら、それは肉体についての自覚の突然の喪失であり、自分自身と他の何かがつながる中で自分の心がそれを包み込むところまで拡大する体験だとわかるだろう。

と書かれているところがあります。まさに、そのような体験です。

 

恐れるものは何もないのに、存在を脅かすものなどないというのに、わたしは身体ではないというのに、何を恐れる必要があるでしょうか。なぜ身構えなければいけないのだと、考えなければいけないのでしょうか。自分を守る必要など、どこにもありません。

ただ、真実に心を開くのみだとおもいます。
幻想は文字通り幻想であって、どこにも存在していません。

真実は、わたしの心の中のすべての間違いを正してくれます。」
そしてわたしは、わたしの真の自己である神の子の内で安らぐことにします。」

 

わたしがたとえ間違いを犯していても、ゆるされているということを今日感じました。
幻想を見ていても、それに罪はないというこを感じたのです。
それは、「だからこのまま幻想を選んでいてもいい」ということではなく、幻想はやはりどこにもないということ、そして、いつもホーリースピリットは、イエスは、待っていてくれているのだという意味です。

ミラクルワーカーというのは、時間を無駄にしないのでした。
わたしのすべてを、真の目的のために使ってもらえるよう、差し出したいとおもいます。

Blessings,
 
2018.8.15
 
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ワークブックレッスン日本語版は、
『奇跡のコース』のワークを学ぶ
ガイドブック4 聖なる関係②/
香咲弥須子/ナチュラルスピリットより
引用させていただきました。
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(ワークブックのレッスンでの気づきは、
4周目として取り組んでいるわたしの、
あくまでもごく個人的なものです)
 
 
 
A Course in Miracles(ア・コース・イン・ミラクルズ)には
テキスト編、ワークブック編、教師のマニュアル編があります。
日本語版は、中央アート出版、またはナチュラルスピリットから出ています。
 
ワークブックのレッスン内容の詳細については、ワークブック編をお読みください。
(こちらのブログでは詳細については記載しておりません)
 
 
 
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